祇園祭今昔
今年も大好きな時季がやってきました😊
毎年の事ながら、祇園祭の雰囲気を味わえるのは京の街に暮らす醍醐味ですね👘
無事に前祭は終わり、ラックサイアムの周辺では後祭の鉾建てが完了しつつあります👏
今回は昔の巡行ルートを辿ってみました🐾
旧五条大路(現 松原通)
祇園祭山鉾巡行(前祭)は昭和30年まで松原通を巡行していたという事がわかりました。
うっかり通り過ぎそうになりましたが、こちらがかつてお稚児さんの休憩所だった祇園床。奥には牛頭天王が祀られています。
☆昭和30年までの前祭山鉾巡行のルート
四条烏丸→四条寺町→寺町松原→烏丸松原
↑四条寺町で辻回し→南下していく様子
昭和31年以降はルート変更&御池通に有料観覧席が設けられ、昭和41年には前祭・後祭の巡行が一本化に。(現在は前祭・後祭が復活していますね^ ^ )
観光客の誘致と交通規制による手間や費用の削減が目的だったのですが、当時八坂神社は『信仰の由来をおろそかにしない事が最も大切なこと』と反対のお立場だった様です。
変更後も暫くはこの『信仰か観光か』という議論が絶えなかったとか。。
一方で京都市の見込み通り収益は上がり、その甲斐もあって各鉾町の装飾品や鉾の修繕などを賄う事が出来たという側面もあったようです😌
平安時代はこちらが五条の橋でした。
牛若丸と弁慶で有名なあの五条の橋というのは此処だったのですね〜😃✨
さて、明日から後祭の宵山です😉
屋台などは出ないですが、その分ゆっくり懸装品を観たり👀風情を味わえますのでオススメですよ〜🙆♀️
hitomi
山岳信仰 奈良・吉野🌸
ご無沙汰してます^^すっかり暖かい陽気になりましたね☀️
久々の遠出♪奈良へ行ってきました🚃
山岳信仰の聖地⛰
ずっと訪れたかった金峯山寺を目指して…
私は混雑を避けたかった為桜のベストシーズンは外しました😊
ロープーウェイでも上がれますが折角ですので歩くことに🐾
京都は連日海外のお客様で賑わってますが此処吉野も外国人がチラホラ👩🦳👱♀️吉野まで足を延ばされるなんて通ですよねぇ(" ॑꒳ ॑" )ウンウン
金峰山寺銅(かね)の鳥居
宮島の木の鳥居、四天王寺の石の鳥居と並んで日本三鳥居の一つとされるそうΣ('◉⌓◉’)
修験者は「吉野なる銅の鳥居に手をかけて弥陀の浄土に入るぞうれしき」と3回唱えて入山します。
到着♪
おー✨迫力あります👁
それもその筈、東大寺の大仏殿に次ぐ木造古建築なんだそう。
独特(?)な香りを放つお線香も一気に異世界へ誘ってくれます🫠
金峰山は修験道⛰の開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)またの名を役小角(えんのおづの)の創建と伝えられています。
現在特別公開中の蔵王権現のお姿をゆっくり拝める簡易的な間切り空間に案内してもらえました😊
中は勿論撮影NGですが🙅♀️📸記念品(お札とエコバッグ)も貰えましたよ❣️
蔵王権現とは役行者が金峯山に篭って修行中、悪世の人々を導くのに相応しい守護仏を求めて感得されました🙏
とにかくお姿に圧倒されました…🥹
余談ですが奈良通の方が最終的に行き着くのは奈良の山々そのものなんだそう。
私もその境地に至るまで奈良を探索したいです😁
ではまた〜👋
hitomi
難を転じて…☃️🔴
こんばんは🌟
久しぶりの大雪でしたね☃️💦
まだまだ滑り易い道もあるので油断できません👣
さて、前々回のシルクロード①から続きがない事に気づいてらっしゃる方もいるかと思いますが🫣💦
完全に私の行き詰まりによるものです🙇♀️
また突然②がはじまるか、仕切り直しがあるかもしれません😅
元来のマイペースさが悪目立ちしてますが今年もお付き合い宜しくお願い致します🥺
今日は友人オススメのとある場所にお茶しに行きました🍵
佛光寺の境内にあるカフェ
D&Department Kyoto d食堂さんです。(店名長い…笑)
珈琲と小豆寒天のセットを注文しました🫘☕️
畳の上で珈琲をいただける幸せ…😊
16時がラストオーダーなので早めに行くのがよいです⏰
南天と雪の組み合わせって素敵ですよね( ´ ▽ ` )
南天は好きで、最近も可愛い南天柄の鍋つかみを購入したところです。
横のお皿も最近購入したもので、アンティークのプレートで100年以上前のものです🇩🇪
手紙を咥えている鳥はツバメです^_^
蝶もいますね🦋
こういうレトロなものが好きで、少しずつ集めています。
なのでミニマリストとは程遠い部屋なのです😂
南天は『難を転ずる』の語呂の良さから厄除け、武運長久のご利益があるそうですよ😊
それでは、また〜🤗
hitomi
.*・゚ .゚・*.迎春•*¨*•.¸¸☆*・゚
明けましておめでとうございます🌅
今年も宜しくお願いいたします〜。
私は年末久々にお笑い番組を見たのですが…📺
呼吸困難になりそうなほど大大大爆笑してしまいましたꉂꉂღ(>ᗜ<*)༡𐤔𐤔𐤔
普段健康でいる為に色々気をつかっているつもりでしたが⁈
私は一番重要な事を忘れていたようです😅
今年も良く食べて、良く寝て、良く働き、良く遊び、良く笑う事にします(˶ᐢᗜᐢ˶)‼️
皆さまにとっても良い一年であります様に。
沢山笑いましょうね〜( ˊᗜˋ)(ˊᗜˋ)(ˊᗜˋ )❤️
令和五年 元旦
hitomi
シルクロード・ドリーム①
旅の続編です🚃♫
八ヶ岳高原ロッジをチェックアウトして向かったのはコチラ🚃
日本画家の故 平山郁夫氏の作品と資料、平山郁夫夫妻が40年かけて収集されたシルクロードの貴重な古美術品が展示されています。
「シルクロード」と聞くと、私は言葉にできない郷愁とトキメキを感じます꒰ঌ(っ˘꒳˘c)໒꒱
その理由は続編でお話するとして・・・☆
まずはこの素敵な美術館のご紹介を✨✨
仏像が誕生したのは1世紀後半のガンダーラ(現在のパキスタン北部)だそうです。
弥勒菩薩立像
仏像が誕生する以前は、いわゆる人間的な形ではなく聖樹、或いは法輪などを用いて表現していました。
仏陀坐像
パキスタン 2〜4世紀
お姿をご覧の通り日本の仏像に比べてお顔が面長で彫りが深く、非常に西洋的ですね🏛
仏伝浮彫
「涅槃・屍衣着せ」
パキスタン 2〜3世紀
涅槃の構図はよくあるモチーフだと思うのですが、この様に弟子達が幾重にも衣を被せる様子を私は初めて見ました👀
執金剛
アフガニスタン 2〜4世紀
執金剛神はサンスクリット名をパジュラパーニ(稲妻を持つもの⚡️)
頭に被っているのはライオンの頭🦁で、首には前足も巻き付いていますね。
そして右手で何かを握っています🤙
更にお顔をよく見ると顎髭をたくわえてらっしゃいます🧔♂️
ヘラクレスの特徴は「獅子の毛皮を身に纏い、手に棍棒を持つ髭面の男性」という事ですから、完全に符号しますね。
日本ではどういうお姿になっているかというと、イメージし易いのがお寺の門の左右にお立ちになっている金剛力士(阿形・吽形)です。
ですが元は単独の神ですので、東大寺の法華堂に単独で祀られている執金剛神が日本におけるへクラテスの原点?でしょうか🤔
(東大寺の執金剛神像は秘仏の為、年に一度の公開だそうです。)
西洋と東洋の文明の融合にロマンを感じますね☺️
hitomi
秋は夕暮れ。
日ごとに秋めいてきましたが、皆様如何お過ごしですか?
秋の黄昏時はグッときますね🥺
先日は久々に長距離の遠出をしてきました🛤
今回は音楽と芸術を愉しむ旅です🚞🎶
どのジャンルの音楽が好きかと問われますと答えに悩みますが🤔
ロックやヘビメタ以外なら何でも好んで聴きますദ്ദി˶ー̀֊ー́ )✧
団塊の世代に囲まれて育った為、昭和歌謡や演歌も好きですよ(〜 ̄▽ ̄)〜
クラシックや童謡も大好きです🍂🐿
何度聞いても飽きないのはクラシックと童謡かもしれないです😌💓
八ヶ岳高原ロッジさんで一泊お世話になりました🌳
音楽ホールが併設されています。
贅沢な時間を過ごさせてもらいました🙏
ちなみに、
私の好きな童謡・唱歌ベスト3✨✨
①早春賦
②椰子の実
③白い道
(ヴィヴァルディ『四季』より)
です😊
皆さんのお好きな曲も知りたいです👂✨
旅は続きます🚃💨
hitomi
和みの名古屋②
参拝したあとは、念願の✨✨ひつまぶし!!!!
熱田神宮から歩いて行ける距離にどうやら渋い良店があるようなので行ってみました🐾
あつた蓬莱軒さん
なんと1時間待ち…( ºΔº )〣
しかしここまで来たからには、、待つべし‼️
そして1hours later…🐥
じゃじゃーん( *ˊᗜˋ* )✨
うわぁ…今見ても美味しそうだ。。香ばしい風味がよみがえる…🥺
サク・ふわ・とろっ・ジュワ〜〜って感じでした😄
ご馳走さまでした🙏
さて、『名古屋』の語源について調べてみたんですが
最も古いものが荘園名として表記された那古屋 続いて名護屋 浪越 など。
江戸時代には名古屋と名護屋が併用され、明治時代の旧国鉄開業時には名護屋と表記されていたようです。
なごやの呼称については諸説あり、
気候と風土が和(なご)やかの意味
高い波が押し寄せ🌊海岸を越える土地→浪越 など
(名古屋城や熱田神宮は地盤の良いところに位置しているみたいです。)
変わったものではベトナムの少数民族チャム族の言葉から来ているという説も😄
チャム語で港町をNagar aia(ながる やー)と言うそうなのですが、なぜチャム族?かというのを追っていくと面白い話に辿り着きました(^ ^)
その船に乗船していた一人である青年は全く言葉が通じず、一緒に漂着して来た唐人によると「彼は崑崙人(東南アジア系)である」と。
そして崑崙人は綿の栽培方法を伝え、日本に定住したという伝承があります。
このお話は史実としても残っているそうです。→『日本後紀』 『類聚国史』
実際のところ彼がどこの国の人なのか正確には不明ですが、
のちに日本語を学び、
自らを「天竺から来た。」と話したそうです。
この天竺から来た崑崙人(ややこしい)は、綿の神様として西尾市の天竹神社に祭られています。
今回は来訪できませんでしたが、行きたい場所がまた増えました👍
また話が長くなってしまいました。
ご飯お代わりできましたけど、やめといたら案の定夜中にお腹が空きました😅
それでは、最後までお読みいただき、ありがとうございましたm(__)m
hitomi